デザインの仕事

アイヌの国立文化施設 ウポポイの体験改善

2022

白老町, 北海道

2020年秋、初めてウポポイを訪れた。私が大学で文化人類学を専攻して学んだのは、世界の先住民族が直面した抑圧と差別の近代史。だから、先住民族の権利保護、日本の外国人観光客誘致、オリンピックといった様々な文脈の中で、アイヌ文化が国立施設になることに対して、私は期待と不安の気持ちの両方を抱えながら足を運んだ。そしてその1年後、友人からウポポイの仕事をしないかと誘われた...

京都の小学校の歴史を紐解く

2021

京都市

京都では、廃校となった市内中心部の小学校の土地を、商業施設やホテルとして再開発するプロジェクトが複数進んでいる。だが京都は、かつて地域住民の投資をメインに小学校が設立されたという全国でも珍しい歴史を持つ地域。小学校は地域のものだという意識が強い。観光客の増加で地価が高騰し、さらなる人口流出が進む京都市内。小学校の再開発は、この地域の未来とどう向き合うべきなのか。私はまず、室町時代からの京都の成り立ちの歴史を紐解くところから、作業を開始した...

UXデザインを学ぶ 3日間ワークショップ

2021-2022

ある企業から、製品開発担当者に向けてUXデザインの講習をして欲しいという依頼があった。UXデザインとはユーザエクスペリエンスデザインの略で、日本語だと利用者体験の設計という意味。利用者にとって使いやすいデザインをするためのイマドキのアプローチと思われがちだが、その源流を辿ると、工場の生産性を高めるために生まれた学問領域である。機械はミスをしないが人間はミスをする。だから人間に使いやすい機械を作らないと工場が回らない。そんなUXデザインの歴史を紐解くところから、3日間のワークショップが始まった...

研究所の1日体験プログラム

2021

ここはIT系企業が設立した「働き方」についての実践型研究所。館内には様々なセンサーが張り巡らされていて、アイデアを出しやすい部屋や集中しやすい部屋がある。誰がどこにいてどのくらい活動しているかが観測されていて、その人が常に最高の状態のコンディションで仕事ができるようにサポートしてくれる。そんな未来の働き方がお試しできる、最先端研究所の1日体験プログラム、ご用意しました。...

魚草ワゴン

2021

東京・上野アメ横

Covid-19の感染拡大によって多くのレストランが休業した2020年。最初は強気だった上野アメ横の路上立ち飲み屋「魚草」も緊急事態宣言を受けて4月から休業。感染が少し落ち着いた7月頃に営業を再開したが、営業を続けるべきなのか彼は迷っていた。上は室内より換気が良いのだから、みんな路上で飲めば良いじゃないかと私は彼の背中を押して、路上で飲み食いができる移動型の立ち飲み屋「魚草ワゴン」の開発が始まった...

人はどのようにして マイホームを建てるのか

2019

住宅展示場を訪れる人たちを観察する。きっとそれぞれの家族に、住みたい「マイホーム」の漠然としたイメージがあるんだろうけれど、それを形にするって本当に難しい。みんなどのようにして自分の理想の家を建てているのだろう? そこで我々は実際に家を建てた8世帯のご自宅を訪問し、マイホームを建てる過程を徹底的にヒアリング。分析を経て浮かび上がってきたのは、自分自身の理想を知り、自分らしい家を建てるための新しいサービスの形だった...

防災アプリの開発

2018 - 2021

防災という領域における最大の課題は「無知」と「無関心」だ。日本でも世界でも、毎年のように地震や大雨による災害が起きているが、まさか自分の身に同じことが起きるとは誰も思わない。私の親戚4人もそうだった。東日本大震災が起きた直後、4人のうち2人は自宅で倒れた家具などを片付けしていて津波に飲み込まれ、もう2人は近くの小学校に避難したのだがその小学校の海抜が低すぎてやはり津波にさらわれた。あと10分早く行動を始めていれば、あと数百メートル先の高台まで歩いていれば、助かった命なのに...

航空会社の顧客体験設計

2013 - 2017

コールセンター、地上係員、パイロット、CA、整備士など、航空会社には、空の旅を支える様々な人たちが働いている。だが会社が大きくなると組織が複雑になり、スタッフ全員がどのように動いているのか、顧客がどこでどんな体験をしているのか、といった全体像がどうしても分かりにくくなってしまう。このプロジェクトは、働く人と利用する人の両方の立場からみた「航空会社体験」の全体像を、大きな1枚のマップに描くところから始まった...

震災復興祈念公園の コミュニティデザイン

2012 - 2013

宮城県石巻市

父の実家がある宮城県石巻市。2011年の東日本大震災で私は4人の親戚を亡くした。震災後、遺体を確認するために石巻へ向かった。私が仕事で磨いてきたスキルで何か復興の役に立てることはないかと考えて、震災復興後の都市計画に携わる知人を訪ねた。これから10年かけてメモリアルパークを作る計画があり、市長は住民参加型で進めたいと言っている。だが公園予定地は震災以前は住宅街だった場所で、被災者の悲嘆感情が強く議論が進まないという。そこで、被災者や地域団体に声をかけて対話の場を作る、ファシリテーターの仕事がスタートした...

オーラルケア、 製品からサービス開発へ

2012-2013

タイ、マレーシア

私は子ども向けオーラルケアの新規事業開発プロジェクトの一員として、東南アジアの自宅訪問調査に向かった。ある日マレーシアの家庭で、7歳児と5歳児の虫歯だらけの口の中を見て、私たちは愕然とする。この家庭は比較的裕福であり、いい歯ブラシなども揃っている。それなのになぜこんなに口内環境が悪化してしまったのだろう。子どものオーラルケアを事業領域とする私たちは、この目の前にいる子たちに何ができるだろうか。そしてものづくりのメーカーによるサービス開発のプロジェクトが幕を開けた...

クローゼットから見えた ファッションの未来

2012

人はどのようにして服のコーディネートを決めているのか。その答えを探るため、私たちは人々のクローゼットの中身を覗くことにした。年間数百万円を服に投じるファッショニスタ、少ない服でも絶妙な組み合わせで自分を演出する倹約家。クローゼットの潜入調査は、やがて服のコーディネートを共有する新たなサービスの開発へとつながっていく...

シニア向け新製品開発の 共創型プロジェクト

2011

かつて女子高生や女子大生が流行の中心だった時代は終わりを迎えた。その背景には、この数十年で起きた日本の人口構成の劇的な変化があった。現在では日本の人口の約6割をシニア世代が占めている。だからシニアが買わない商品はヒットしない。企業マーケティングの焦点は若者からシニアと移る中、研究者たちは、60代以上のシニア世代10名のライフヒストリーの聞き取りを行った。彼らの様々な人生を分析することで見えてきた、シニア向け新商品開発のヒントとは?...

エスノグラフィ

2009 - 2012

お金の力でモノを売る。そんな広告の仕事が嫌いだった。だから広告代理店に入った。大学時代、貧困問題の研究をしていた私は、資本市場の巨大な力を使いこなす技術や知識を身につけるためにあえて就職を決意した。激務に揉まれて4年、異動になったのは研究開発部門。私が取り組んだのは「エスノグラフィ」という分野だった。様々な場所に出向いて人々の行動を観察したりインタビューを行うことで、新たな製品やサービスを開発する仕事。それは豊かな社会について再び考える起点となった…